昭和58年4月、学校創立とともに発足する。
当初1年生部員25名でスタートし、初めの2ヶ月間は石ころ拾いなど、グランド整備に明け暮れる。
7月、夏の甲子園県予選の公式戦初戦で水口東と対戦して0対7で敗れたが、夏の1年生大会では準優勝する。
秋季大会で愛知高から公式戦初勝利をあげる。そして、翌年夏の1年生大会では初優勝。
創部3年目の昭和60年春季大会で3位となり、近畿大会に出場。箕島に1対2で惜敗したが、第67回選手権大会県予選では八幡商業を破って見事優勝し、創部3年で甲子園初出場の偉業を成し遂げた。
全国大会では次々と強豪を破りベスト4まで勝ち進み、全校あげてのさわやかな応援ぶりとともに、全国に「甲西旋風」を巻き起こした。その年の秋の国体にも出場。
翌61年夏の選手権大会県予選では、当初から優勝候補の一つにあげられる重圧をはねのけ、2年連続甲子園出場の快挙を成し遂げた。